損害賠償請求事件/アイドル訴訟第一審判決A

主文の次は、裁判所が認定した「事実」という項目がある。
なぜ、「事実」という項目があるのか。

理由は簡単である。
裁判を行なうにあたって、
原告と被告は誰で、どのようなことを根拠に原告は訴えているのか。また、被告はそれに対してどのような反応をしているのか。
これらを明確にするためにである。

当裁判を理解するためにも重要な項目なので、
次回と二回に分けて検証する。
今回は原告側の「請求」、つまり「原告の主張(請求)」に関する事実を取り上げる。

 

第一 請求
  被告らは、連帯して、各原告に対し、別紙原告請求損害額一覧の各原告の「請求金額」欄記載の各金員及び各金員に対する平成一四年六月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事実の概要
  本件は、芸能人である原告が、後記本件雑誌(ブブカスペシャル7)の出版社、発行人、編集人又は代表取締役である被告らに対し、原告らの写真等の掲載された本件雑誌を出版、販売した被告らの行為はプライバシー権(肖像、個人情報)及びパブリシティ権を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求めている事実である。



難しい文章が並び、読みにくい文章である(*1) が、
結局何が言いたいのかというと、
「アンタ達被告が雑誌ブブカに掲載した写真とかは、アタシ達の権利を侵害したので、アタシ達原告に賠償金を払ってねウフ☆(*2)」
ということになる(*3)。

続いて、請求原因として以下の7つが挙げられている。

(1)原告ら
(2)被告ら
(3)本件雑誌の出版、販売
(4)プライバシー権侵害
(5)パブリシティ権侵害
(6)責任原因
(7)損害

請求原因と難しい言葉を使っているが、要はそれぞれの項目を整理しているだけである。
裁判官の「プロっぽさ」が少し出ている(気がする)部分でもある。
項目ごとに見ていこう。

(1)原告ら

ア 原告佐藤、同川村、同理沙、同平山、同新山及び同堀越は、後記本件雑誌が出版、販売された当時、いずれも写真集等に登場し、テレビ番組等に出演している芸能人であった。

イ 原告藤原は、同当時、平成四年にミス日本グランプリとして表彰されて以来、数多くのテレビ番組、テレビコマーシャル等に出演している芸能人であった。

ウ 原告後藤、同安倍、同市井、同中澤、同飯田、同矢口及び同保田は、同当時、いずれも人 気歌唱グループ「 モーニング娘 。」に所属する芸能人であった。

エ 原告深田及び同岡部は、同当時、テレビ番組、映画等に出演している芸能人であった。

原告の紹介である。
裁判官だって、アイドルの素性が気になるのだ(*4)。。
この判例で藤原紀香がミス日本だと初めて知った(平成四年とは、かなり昔だ・・・)。
そしてこれによると、モーニング娘。は「人気歌唱グループ(*5)」らしい。
モーニング娘。は「人気」歌唱グループなのだ。
泣く子も黙る判例にそう書いてあるのだから間違いない。
中澤がいようが、保田がいようが、「人気」歌唱グループだということを肝に銘じなければならない。

(2)(3)については省略。
理由は、特に面白い部分がなかったから。
被告と雑誌の説明が簡単に記されているだけだった。

しかし、(4)〜(7)はとても重要で、結構な分量がある。
今回の中核を成す部分である。
ややこしい部分であるが、「原告の言いたいこと」だと 思ってくれればいい。

(4)プライバシー権侵害

ア プライバシー権

(ア)何人もみだりに自己の容貌や姿態を撮影されず、撮影された肖像写真を公表されないという 人格的利益は、法的に保護される(プライバシー権(肖像))。
(イ)何人もみだりに私的事柄についての情報を取得されず、取得された私的事柄を公表されないという人格的利益は、法的に保護される(プライバシー権(個人情報))。

イ プライバシー権を侵害する写真及び記述

(ア)芸能人となる前の姿を撮影した写真
 同原告ら(原告佐藤、原告後藤)が芸能人となる前の姿は、一般人の感受性を基準としてその公開を欲しない事柄であり、また、一般の人々に広く知られているとはいえず、同原告らは公表により精神的苦痛を被ったから、これらの写真を公表した被告らの行為は、同原告らのプライバシー権(肖像)を侵害する。

(イ)路上を通行中等の姿を撮影した写真
a 私服姿で路上を通行中等の同原告ら( 原告後藤、同安倍、同市井、同中澤、同飯田、同矢口及び同保田 )の姿を撮影した写真である。
b 私服姿で路上を通行中等の同原告らの姿は、一般人の感受性を基準としてその公開を欲しない事柄であり、また、一般の人々に広く知られているとはいえず、同原告らはこれにより精神的苦痛を被ったから、これらの写真を公表した被告らの行為は、同原告らのプライバシー権(肖像)を侵害する。

(ウ)通学中の姿を撮影した写真
a 制服姿で通学中の同原告らの姿を撮影した写真(原告市井、同深田及び同岡部)である。
b 制服姿で通学中の同原告らの姿は、一般人の感受性を基準としてその公開を欲しない事柄であり、また、一般の人々に広く知られているとはいえず、同原告らはこれにより精神的苦痛を被ったから、これらの写真を公表した被告らの行為は、同原告らのプライバシー権(肖像)を侵害する。

(エ)実家の所在地等に関する写真及び記述

a 写真及び記述から、同写真に撮影された駅を利用する者は、どの駅が撮影されたものかすぐに理解することができ、その駅が原告後藤の実家の所在地に最も近い駅であることを知ることができる。
b 原告後藤の実家の所在地は、一般の人々に広く知られているとはいえず、この事実が公表されると、同原告のファンやいわゆる「追っかけ」がその実家の所在地を突き止めて押しかける事態が生じ、同原告の平穏な私生活が脅かされることになることは明らかであるから、写真及び記述を公表した被告らの行為は、同原告のプライバシー権(個人情報)を侵害する。
c 写真及び記述は、原告岡部の元実家の最寄り駅を示し、同原告の元実家の外観を明らかにしている。
d 同岡部の元実家の所在地及び元実家の外観は、一般の人々に広く知られているとはいえず、これが明らかになることによって、同原告の生活水準等が明らかになるから、一般人の感受性を基準としてその公開を欲しない事柄であるから、同写真及び記述を公表した被告らの行為は、同原告のプライバシー権(個人情報)を侵害する。

(一部改変)

プライバシー権侵害についてだ。
なんて読みにくい文章なのだろう。
基本的に法律関係の論文は、記号を使いまくって項目をカテゴライズさせる形式(*6)を好む。
項目を一つずつ見ていこう。

“ア”は、プライバシー権の定義についてである。
「プライバシー権とはこういうもので、このプライバシー権が侵害されました」と原告が主張するわけだ。

“イ”で、今回の事件でどの部分がプライバシーの侵害にあたっていたかを原告が主張している。
よく「お宝写真」と呼ばれている類だ。
こーゆーのって、フツーに考えりゃプライバシーを侵害してるって分かる。
しかし裁判となると、「こういういう理由でプライバシー侵害にあたるんです」と明確に主張しなければならない。

素人時代や、アイドルになってからのプライベート写真が雑誌に掲載されたようだ。
アイドルじゃない時(仕事モードじゃない時)の彼女らの姿なんて、別に大したことはないと思うが、
ファンにとっては重要な情報なのだろう。だから雑誌に載るわけだ(需要と供給の関係)。
確かに通学する様子は気になる(*7)。しかしプライバシー侵害であることには変わりはないだろう。

(エ)から、実家の写真まで掲載されたことが伺える。
確かに実家の場所までばれるというのは個人情報保護の観点からも問題がある。
しかし彼女ら原告はアイドル。なんてたってアイドルなのだ。
彼女達はそんじょそこらのパンピー(*8)とはワケが違う。
「よくぞ我がアジトを突き止めた!敵ながら天晴れであるぞ!フハハハハハ!!」
と器の大きさを示してもいいとは思う。
プライバシー侵害には変わりはないんだけど。

気付いた人もいるかもしれないが、
プライバシー侵害の項目に「原告藤原」の文字が見当たらない(他にも数人の名前が無い)。
当事者が主張しない事実は裁判では扱ってはいけない(*9)ので、藤原紀香のプライバシー権は争わないことになる。
今や押しも押されぬ大女優となった彼女(*10)に、「プライバシー」なんぞは眼中にないのだろうか。
(本当の理由は、上記プライバシー権に該当するような写真が掲載されなかったからだと思われる)

(5)パブリシティ権侵害


ア パブリシティ権

(ア)固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した芸能人等の氏名、肖像等を商品に付した場合、当該商品の販売を促進する効果(以下「顧客吸引力」という。)を生ずる。この顧客吸引力には、経済的な価値があるから、これを獲得した芸能人等は、この経済的利益をパブリシティ権として排他的に支配することができる。

(イ)パブリシティ権侵害は、パブリシティ権侵害を主張する者が著名人であって、第三者が無断で当該著名人のパブリシティ価値を無断で商業的に使用した場合に成立する。


イ 著名性

  前記(1)アの事実によれば、原告らは、パブリシティ権の主体となり得る著名性を有していた。

ウ 商業的使用

(省略)

(一部改変)

「パブリシティ」、聞きなれない言葉である。
“ア”で小難しい説明がされているが、要はその人の商品的価値・顧客吸引力、ってことでいいと思う。
本人の承諾を得ずに「○○さんも愛用!」という広告を商品につけた場合はパブリシティ権を侵害したことになる。
意外と侵害される権利だったりする。

“イ”で、原告らにはパブリシティ権を有するほどの有名人だということが主張されている(*11)。

“ウ”で、今回の事件はパブリシティ権を侵害したことになるのか述べられている。
が、細かいので省略。

(6)責任原因


ア 被告太田及び同寺島の責任原因

(省略)

イ 被告中澤の責任原因

(省略)

被告(雑誌の発行者・編集者、そして社長)の「ここが悪い」という部分を述べている。
しかし、面白い部分が全く見つからなかったので全部カット。
内容は「アイドルの権利を侵害しないように注意しないといけなかったのに、それをしていなかった」
という部分がダメですよ、ということが書いてあった。

(7)損害


ア プライバシー権侵害による損害

(ア)原告佐藤、同後藤、同安倍、同市井、同中澤、同飯田、同矢口,同保田、同深田及び同岡部がプライバシー権侵害により受けた精神的苦痛を慰藉するための損害額を算定するに当たっては、侵害態様のほか、次の事情を考慮すべきである。


a 本件雑誌を販売したことによる粗利益は、次の計算式のとおり、8257万5000円である。 
売上高 680円(本件雑誌の単価)×15万部(販売部数)=1億200万円
粗利益 1億200万円(売上高)−1942万5000円(印刷製本に要する費用)=8257万5000円


b(a)一部の写真は、「追っかけ」又は「カメラ小僧」の撮影した写真であり、被告会社は、追っかけ等から上記写真を買受けた。
  現に、被告会社は、本件雑誌の表表紙の内側の左下の角部分に、「★求む!  アイドル 投稿→BUBKA SPECIALでは、 アイドル 投稿ページを常設中。イベント、通学、プライベート何でもOK、投稿お待ちしてます。」等と写真の投稿の勧誘文及び連絡先を記載し、追っかけ等の撮影した芸能人等の写真を募集している。

(b)それらの写真を本件雑誌に掲載して出版、販売することにより、追っかけ等の活動を助長する結果を生じさせている。
  また、追っかけ等の行為は、同原告らを単に追跡するだけにとどまらず、同原告らをつけ回し、嫌がらせをするストーカー行為にまで発展する危険性をはらんでいる。


c 一部の写真及び記述は、原告後藤の実家の所在地をある一定の範囲に特定することを可能にする内容であって、追っかけ等の行為を容易にし、同原告に対する被害発生の可能性をより現実的なものとする。


(イ)よって、原告佐藤、同後藤、同安倍、同市井、同中澤、同飯田、同矢口、同保田、同深田及び同岡部らが被告らのプライバシー権侵害行為によって被った損害の額は、それぞれ別紙原告請求損害額一覧の「プライバシー権」欄記載の額を下らない。

イ パブリシティ権侵害による損害

(省略)

ウ 弁護士費用

(省略)

(一部改変)


実際に被った損害を主張している。

最初にどれだけプライバシーの損害を受けたのか、の前提に雑誌の利益が取り上げられている。
恐らく、「これだけ売れた(世に広まった) のだから、十分プライバシー侵害になる」という主張の根拠のためではないかと思われる。
15万部販売し、8000万円以上の粗利益を出している。結構売れてるのではないだろうか(*12

“b”で、一部の写真はファンが撮影した写真が使われたことが分かる。
今時「カメラ小僧」なんて言うか・・・と思ったが、判決文にそう書かれているのだからカメラ小僧なのでしょう。
それよりも、
「★求む! アイドル 投稿→BUBKA SPECIALでは、アイドル 投稿ページを常設中。・・・」
と、雑誌に書かれていた文を忠実に再現しているのが微笑ましい。
正確に記述するというのは当然といえば当然のことなのだが、
マークや矢印まで(判決文上で)再現しようとするその姿勢に、裁判官のプロっぽさを感じた。

そしてファンから写真を買うことはストーカー行為に発展すると主張する。
そりゃ確かに「追っかけ≒ストーカー」だけど、裁判で主張するには風桶理論(*13)な気がする。

 

以上が「事実」である。
そしてこれに対する被告の反論に続く。

今回はややこしい部分が多く、
グッとくる内容が少なかったので退屈だったかもしれない。
しかし次回の「請求原因に対する被告らの認否」は力技の連続なので、
そちらに期待していただきたい。

 

 

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*1 何故か法律家の文章は一文が長く、それに伴い読点(、)が多い。学校の作文なら、先生に書き直しを命じられること必至だろう。
*2 今時「ウフ☆」なんて言うアイドルなんか絶滅したと思うが、僕のアイドルに対するイメージなんてこんなもんである。
*3 ちなみに根拠条文は民法709条。同条は不法行為に関する規定だが、これ以上は勉強不足のため割愛。
*4 いやらしい意味ではなく、公平な裁判を行なうために必要な情報だから。裁判官が個人的に気になる情報ではない(はずだ)。
*5 「歌唱グループ」ということは、歌で勝負するグループだということになる。モー娘。はずっと人海戦術だと思ってました、すいません。
*6 半ば法律の世界の暗黙のルールと化している。慣れれば判り易い形式なのだが、慣れるまでが大変。
*7 アイドルを見ていると、ちゃんと学校に行って勉強していたのか気になってしょうがない。
*8 一般人(イッパンピープル)の略。死語。
*9 これを弁論主義という。詳しくは民事訴訟法を勉強しようね♪
*10彼女に関しての最も印象的なのは、ガリットチュウの「紀香のキャンギャル時代の物マネ」である。偽者?本物を超えたんだよ!!
*11保田にも?
*12DMC掲載のヤングアニマルと同じくらい。ちなみに発行部数と販売部数(実売部数)は異なる。販売部数は発行部数の3/4が目安。
*13諺「風が吹けば桶屋が儲かる」より。風桶理論まで因果関係を認めるとラチが明かない。